沖縄旅行の帰り、
セントレアのラウンジで読んだ本。
全体の印象
正式タイトルは
「人づきあいはコスパで考えるとうまくいく
コミュニケーションはスキルが9割」↓。
ありがちな「○○が9割」系タイトル。
ある程度売れる
鉄板タイトルなんだろうな。
いつもの感じで
「勝間式 超ロジカル人間関係」
とかにしなかったのは何でだろう?
テーマが人付き合いである以上、
どうしてもロジカルの対極(?)である
感情要素が含まれるからかな?
もしそうなら、だからこそ”超”が活きると思うんだけど
それか単純に
編集者からNGを
食らっただけだったりして。
…いきなりわき道に逸れた。
閑話休題。
本書の内容はタイトル通り、
- 人間関係をコスパで考える
- 人間関係構築のスキルを身につける
という軸で
ノウハウや具体例が
いろいろ挙げられている。
著者独自の
考え方とかスキルというより、
どちらかと言えば
キュレーション的な本という印象。
感想
×役立てる 〇それ自体を楽しむ
全体の感想としては、
今のボクには
人付き合いの機会がないのに、
どうしてこの本を読んだんだろう?(笑)
って感じ。
思えば
最強のコミュ力のつくりかた
を読んだ時も同じことを思った気がする。
なにもフィードバックできなくて草
とは言いつつ
実際のところは
人付き合いを改善したいというより
- 著者の本を追いかけていること
- 旅行中の暇つぶしが欲しかったこと
- Prime Readingで無料で読めたこと
あたりが読んだ理由。
なので
内容から何かを得るために読んだ
というよりも、
“勝間節”を堪能するために読んだ
って感じ。
「ネタバレ済みの映画を見る」
に近い感覚だと思う。
そういう意味では
しっかり堪能できた。
雑まとめと注目ポイント
本書を
ボクなりに3点に集約すると
- 自分で制御可能な範囲はきっちり制御しろ
- 余計な発言で無駄な恨みを買うな
- 互いに有益な仲間を増やしていけ
かな。
前述の通り
どこかで読んだことある情報の
キュレーションって感じで
特に新たな知見はなかったんだけど
(当然良いリマインドにはなった)、
そんな中
著者らしさが出てたと思うのが
- 「人間関係を金融資産と同様に考える」
- 「SNS運用(炎上リスク管理)」
の2点。
なので
これらについて少し書いていく。
「人間関係を金融資産と同様に考える」
これは勝間節のひとつで、
割とよく出てくる考え方。
覚えてる範囲だと
勝間式ネオ・ライフハック100
っていう本に、
「隙間時間の積立」みたいな概念が
書かれてたと思う(感想)。
金融資産を成長させるには
優良インデックスファンドに
長期積立するのが最適なのと同様、
人間関係においても
お互い有益な沢山の人と
長期間付き合い続けるのが最適、
とのこと。
言われてみれば
当たり前のことではあるんだけど、
金融資産と対比させることで
意識は変わるよな、と。
本書では
それが「利己・利他」という
概念を用いて
もう少し詳細に説明されていて、
- 利他行為をして信頼を得ろ
- 利他的な人と付き合え
- 利己的な人は避けろ
- 継続すると人生が末広がりになる
みたいなことが書かれていた。
これを
「利他行為で得た信頼
→労働で得たお金」と変換して
金融資産と対比させると、
- 働いてお金を稼げ
- 利回りプラスに投資しろ
- 利回りマイナスや詐欺師を避けろ
- 継続すると複利ですごい増える
となり、
ボクとしては納得感が増す。
ただ、
冒頭で書いたけど
今のボクには
利他とか利己とか以前に
まず関わる人が少ないから、
人生末広がりになりそうもない(笑)
金融資本でいうところの
「元手が少ない」から「複利の効きが弱い」状態かと
一方で、
著者は有名人だったこともあり
(あと活動の中心が東京?ってのもあるかと)、
「人間関係」の規模が
ボク(というか非都会住みの一般人?)の想像より
1~2桁多い気がするので、
その辺は差っ引いて考えた方が
良いんじゃないかと。
ってことでボクは
著者の人間関係観に左右されず、
小さくまとまって
(というか今ある人間関係を大切にして)
いこうと思う。
典型的自己正当化天邪鬼ムーブで我ながら草
「SNS運用(炎上リスク管理)」
この項目に
著者らしさを感じたのは、
具体例が他より
たくさん書かれていたから。
と言っても内容は
情報収集やコミュニケーションに
有効利用しつつ
炎上を極力避けましょう、
というよくあるもの。
余談だけど、
「ホリエモンが炎上するのは
嫉妬管理ができていないから」
と書かれていた。
まぁホリエモンは敢えて管理していない、
っていうかわざと煽ってるまであると思うけど
具体的には、
- 自慢と思われかねない投稿はしない
- 投稿には相手の役に立つことを含める
- 主語は自分にする
- ネガティブな投稿はしない
- 聞かれてないことをリプライしない
- リアルで言わないことを書かない
- ズレたリプに反応しない
- 相手すると消耗する人は積極的にブロック
って感じ。
ちなみに、
「主語は自分にする」っていうのは
このブログでも意識していること。
なので「ボク」の出現頻度がやたら高いはず
コレを書いているちょうど今、
クソデカ主語による炎上記事が出ててタイムリー↓
リュウジ氏 大炎上の「名古屋はマジで美味しい店ない」投稿を謝罪 「私の物言いが非常に悪く」
これはさすがに設計された炎上だと思うけど、
いずれにせよ決して
「上手な人付き合い/SNS運用」ではないよな、
とボクは思う(上記ホリエモン然り)。
資本主義的な「走り出したら止められない感」を感じる
閑話休題。
そんな中でも著者は
「ネガティブな投稿はしない」
に関しては
かなり徹底している印象で、
「聞かれてないことをリプライしない」の
一例として
「クソバイス」という言葉が
使われていたんだけど(後述)、
(SNSではない)本書内でさえ
この言葉の枕詞として
「言い方は汚いですが」
「口が悪いですが」
みたいなことが書かれていた。
余談:「クソバイス」
クソバイスとは、
聞かれてもないのにしてくる
クソみたいなアドバイスとのこと。
要は
クソリプの下位概念
(クソリプの一部がクソバイス)だと
理解したんだけど、
この言葉、
ボクには滅茶苦茶
語感(語呂?)が悪く感じる。
やっぱり
「勝間式超○○~」という
タイトルからも垣間見えるように
著者のワードセンスは独特だな、
と思ってたんだけど、
どうやら提唱者が別にいるらしい。
2015年に出版された
「クソバイス 提唱者」のAI回答
コラムニストの犬山紙子さんの著書
『言ってはいけないクソバイス』が
きっかけで世間に広まり、
ネットスラングとして定着しました。
とのこと。
ボクにとって
本書がこの言葉との初邂逅だったこと、
私はこうした余計なアドバイスのことを、口は悪いのですが、「クソバイス」と表現しています。
p.166
と書かれていたことから、
著者発案の言葉だとばかり思っていた。
なんかすみません。。。
思い込み、固定観念、よくない。
現代、ホワイト社会に汚染されてない?
話を戻す。
「ネガティブ投稿をしない」が
徹底されていると感じた、
っていう話の続き。
これは波があることで、
今が極端な状態だと思う
(思いたい)んだけど、
最近
「良い子の振る舞い(ホワイト化)」が
強いられてる気がする。
いや、
当然社会全体としては
ホワイトになりつつあるし、
なった方がいいんだよ?
問題は、
本来全然
ホワイトである必要のない領域にまで
それが侵食してる(気がする)こと。
烏合の衆が力を持っちゃった
この発端?として
ボクが認識してるのは、
キャンセルカルチャーの成功?で
一般人の烏合の衆が
正義という名の棍棒を手にする
↓
彼らに目をつけられると
燃やされてキャンセルされるから、
それに対する防衛策としての
過剰なホワイト化
ってながれ。
で、
この文脈での最たる例(?)が
ホワハラ(=ホワイトハラスメント)。
ネーミング的にもそのまんまだよね
ハラスメントを恐れた結果としての
過度な配慮(≒ホワイト化)が逆に
「イヤなこと」として受け取られて、
それ(≒ホワイト化)自体が
ハラスメントになるとかいう
こち亀のネタに出てきそうな
ギャグみたいなことが
実際に起きているっていうね。
個人もホワイト化するべき?
本書を読むと、
上手にSNSをやっていくうえで
(公人や企業はホワイトであるべきだけど、それだけでなく)
一般の個人にも
このホワイト化を適用した方がいいと
著者は推奨している
(少なくとも著者自身はそうしている)
とボクは感じた。
と同時に
それは違うだろ!とも。
みんながみんなそうなったら
教科書的発言しか存在しない
つまらないSNSになるだけ。
そんなの誰が見るんだ?
もしそうなったらイーロンは激おこだよ(笑)
×社会の話 〇自助努力で得する話
、、、あぁ、
たぶんわかった。
(また)誤解してた。
金融資産の話と同じなんだ。
全員が最適解のオルカンに投資したら
市場が成立しなくなって
誰も儲からなくなるってやつ。
抽象化すると、
非合理な選択をする人がいるからこそ、
合理的な選択をする人が得をするってこと。
それと同じで、
(ヒトの本能に逆らう方向なので)
どうせみんなホワイトには
ならないんだから、
そんな中でホワイトにしてれば
お得なことが多いよ、ってことか。
そういえば本書の主題は
人間関係を「コスパ」で考えるだった。
ここで言う
「パフォーマンス」って何?
って話ではあるけど、
とりあえず
「自分が気持ちよくなること」
ではなさそう。
そう考えると、
「自然体でいたい
(自分が気持ちよくなりたい)」と
「SNSで成果を上げたい
(パフォーマンスを上げたい)」には
一部トレードオフがあると言えるのか。
練習は本番のように、本番は本番のように
「本番は本番のように」派と
「本番は練習のように」派がいるけど、ボクは前者。
このブログは、
上記トレードオフで言えば
「自然体(=自分が気持ちよくなりたい)」
を選んでるんだけど、
じゃなきゃ5年も続かない
ボクの
無職無所属生活の時間配分は
圧倒的に
「ブログ書く ≫ 人と話す」なので、
ブログを書く際の
自然体(≒脳内垂れ流し)が
そのままリアル対面でも
起こりそうで怖くなってきた。
流石にボクも
相手が目の前にいれば
たとえ相手が
不快になるようなことが
頭に浮かんでも言わないだけの
分別はある(と思いたい)んだけど、
日常的にやっていることが
ふとした時に出てしまう
っていうのが人間の傾向。
そう考えると、
このブログでも
「言わなくていいこと」は
やっぱり書かない方がいいのかなぁ。。。
この記事だと明らかに
クソバイスのくだりは不要だと思う。
っていう自覚があるだけマシ、なのか?
いやぁ、
こうやって書き殴ってると
本を読んだ時点では
考えもしなかったことが
たくさん湧いてくるから、
感想記事を書くのは
実に有意義だなぁ。
、、、と
とってつけたような
締めの一文を書いて、おしまい。
まとめ
- 「人付き合いはコスパで考えるとうまくいく」を読んだ
- 自分に役立てるというより、勝間節を楽しんだ
- 「(金融資産への)言い換え」は、理解の助け(納得感の向上)につながる
- 全員がホワイトに振舞えないからこそ、ホワイトに振舞うことに価値が生じる
- 思ったことを好き勝手書くこのブログは、ホワイト化に逆行している(=価値が低い)
感想を書いてない既読本が
30冊近くあるんだけど、
書きやすいものから書いちゃうので
読む本がすごい偏ってるように
見える気がしてきた。
いや偏ってるのはたしかにそうなんだけども
なので次は
毛色を変えて
「荒木飛呂彦の新漫画術 悪役の作り方」
の感想を書くことにしよう。
以上、
それでは~
結局
「最強のコミュ力のつくりかた」と同様、
「性格がいい人は人付き合いがうまくいくよ」
っていう身も蓋もない結論ではある。
本書ではそれに加えて
「ヤバい奴の見分け方/避け方」が紹介されている感じ。




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