伏見稲荷での不思議体験を
書いたときに発見した本。
民俗学の素養のない
ボクにはとても難しかった。
なので
貸出期間の2週間では読み切れず、
延長して1か月弱かけて読んだ。
でも正直
あまり理解できていない(笑)
書いてあることは理解できるんだけど、
何を言いたいのかが理解できないって感じ
概要&要約が書けないレベルで難しかった
普段ならまず初めに
本の概要(と要約)を
書くところなんだけど、
それすら難しい。
「ネット怪談を
民俗学の観点で紐解いた本」
くらいの、
タイトルを見れば誰でもわかる
フワッとした概要くらいしか書けない。
いきなり
横道に逸れていくんだけど、
まずはその理由について書いていく。
これも本書を読んだ感想だから多少はね?
「まとめ」がない
概要&要約を書くことすら
難しい理由のひとつは、
見出しとしての「まとめ」が
本書には存在しないため。
まとめが書かれていれば、
そこに着地するように
各論に遡って
それっぽいことを書くことで
「概要&要約」とすることができるし、
その作業をすることで
内容への理解が深まるんだけど、
今回はその手口が使えない。
ボクの印象として、
本書は各論を連発されつつ、
たまに「そこまでのまとめ」的文章が
予兆なくいきなり挟まる感じ。
なので
読んでるときは
「なるほどね~」って読めるんだけど、
振り返って
「で、本書の主張は何?」って
なったときに、
言葉に詰まってしまう。
ので、いま実際概要&要約が書けない
ボクのレベルが足りない
概要が書けない理由二つ目は、
単純にボクに民俗学の素養がないから。
というかこっちが主な理由。
単純に
理解できないことはまとめられない
ってことかと。
民俗学初心者のボクにとって、
本書はレベルが
高すぎたのかもしれない。
量産型自己啓発本(ファスト教養本)の悪影響かも
本書の要約が書けない理由として、
こういう風にも言えそう↓。
切り抜き断定系動画的な本が
出版界でも増えてきていて、
ボクはそういう本に
適応してしまっているから
巷で売れている
実用書?ノンフィクション本?は、
バカにもわかるように
(というかわかった気にさせるために)
詳細を削って話を単純化し、
その上で
各章および全体のまとめを
これまた簡潔に示している。
ボクはバカ側に属するから、
簡潔なまとめがあることで初めて
本の全体像が見えてくる。
本書にはそれ(ら)のない
ある意味硬派な本なので、
ボクには理解するのが難しい
ということ。
あとは単純に
工学畑に染まったボクからしたら
民俗学の文脈が
理解できないだけかも。
その場合、
「専門分野の違い」
の一言で片が付く。
ボクの考えたネット怪談の正体
、、、って感じで
ボクは本書を
よく理解できなかったんだけど、
理解できないなりにも
ボクなりに
「ネット怪談とは何ぞや?」
に対する回答がおぼろげながら
浮かんできたので、
それを書いておく。
それは、
ネット怪談の正体は、
人間の本能とネット環境が
悪魔合体したことによって生じた、
絶えず変化し続けるキメラ
というもの。
以下、
こう思った経緯について書いていく。
まず、本能的な欲求から種が生まれる
人間の本能として、
- 不思議な体験を共有したい
- 注目を集めたい
- 出来事に意味や因果を見出したい
- 収益化したい
といった欲求がある。
収益化については本能とはちょっと違うけど、
資本主義で生きるためには
ほぼ必須な欲求なので本能みたいなものとする
これらのいずれか、
あるいは複数により、
ネット上の掲示板等の
誰でも匿名で書き込める場所に、
まず“それらしい話”が誕生する。
この”それらしい話”は
ネット上にひとつだけ
なんてことは当然なく、
至る所でいくらでも発生し続ける。
種は、ネット上のあらゆる材料によって成長させられる
すると、
これまた上述の4つの欲求
(主に因果を見出したい欲求)により、
“それらしい話”どうしは
半ば強引にリンクされ、
各自の欲求を満たす形で
補強&拡散されていく。
というか、
“それらしい話”どうしでなくとも、
ネット上にはいくらでも
こじつけを補強する材料が
転がっているので、
それらにより
最初の“それらしい話”の
補強&拡散はどんどん進行していく。
嘘でもいいわけだしね
中には
途中で関係者全員から
飽きられて(忘れられて)
消え去る話もあるだろうけど、
逆に
大勢から支持され、
強固なストーリーになる話もある。
そういった一部が
- くねくね
- きさらぎ駅
等の
いわゆる有名なネット怪談に成長する。
ただ、
たとえタイトルとあらすじが
固定化されたとしても、
4つの欲求による
拡散&共有は続き、
伝言ゲームのように
新たな設定が加えられたり
なくなったりと変化していく。
成長が止まると、もはやそれは”ネット怪談”ではなくなる
この拡散&共有の連鎖は、
たとえばその話が
商業作品になって
責任者が誕生したり、
みんなから
忘れ去られたりしない限り、
多数の人間の
認知と欲求を反映した形へと
拡散&共有の連鎖は続いていく。
というか
拡散&共有の連鎖が終わったら、
それはもはや
ネット怪談ではない。
「ネット怪談を元にした作品」とか
「かつてネット怪談だったもの」と呼ばれる
ということは、
拡散&共有の連鎖自体が
ネット怪談ということになる。
、、、みたいなことを考えた。
人の本能 + ネット環境 → ネット怪談
これを端的に書くと、
ネット怪談の正体は、
人間の本能とネット環境が
悪魔合体したことによって生じた、
絶えず変化し続けるキメラ
になるのかな、と。
本書の内容の
半分も反映してない気がするけど、
以上が
本書を読んでボクが得た知見、
というか
自分をある程度
納得させることができた考察。
これを出せた時点で、
ある意味本書を読んだ価値は
あったのかな、と。
ただまぁ
民俗学要素をガン無視してるんだろうな、とは思うけど。
AIに要約(まとめ)させて、仮初の理解を深めてみる
本書を読んだ価値を
半ば無理やり
捻りだしてみたわけなんだけど、
やっぱりこのままでは
未来のボクが
この記事を読んだときに
「結局この本には
何が書いてあったんだよ!」って
困ってしまうので、
ボクの断片的な読書メモから
AIに要約を作ってもらった。
それを
自分の言葉で書き直すことで
多少なりとも
本書を理解した気になろう
という算段。
これについては
案外長くなったので別記事へ。
まとめ
- 「ネット怪談の民俗学」を読んだ
- ボクには難しい本だった
- 各論は理解したつもりだけど、総論を見出せなかった
- ネット怪談について考えるキッカケにはなった
- ボクの考えるネット怪談とは、「人の本能とネット環境が合わさったことで生まれた、『変化し続ける話』」
- 読書メモをAIに読ませて、AIに要約を作ってもらおうと思う
以上、
それでは~
「捏造要約からのリバースエンジニアリング読書」につづく。
「あるキッカケから未知の分野の本を読む」って体験ができたのが良かった



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