出費記録+日記
【出費】業スー【4,060円】

いつもの。
キムチのパッケージが
変わっていた。
味も変わってるのかな?
原材料の表示順
(特に漬け原材料内訳)が
変わってるから(↓)、
結構変わってる予感。


今までのは
若干甘すぎだと思っているので
そこが(ボクにとって)
改善されてたらうれしいけど、
表示順を見る限り
漬け原材料のトップに
糖類が書かれてるのは
変わってないから期待薄ではある。
新版は糖類の次に塩がきてるから
しょっぱいのかな?
まぁ食べればわかる。
鉱脈を掘り当ててニッコリ
面白い旅行動画投稿者を発見した。
嬉しいことに、
その人は動画をこれまでに
100本以上上げている。
まさに金鉱脈の発掘。
ここ数日、
ず―っとその人の動画を見ている。
そして、
まだまだ未視聴動画が残っている。
とても幸せ。
最近
ブログを書くのを
サボりがちなのもコレが原因(のはず)。
あまりにも
だらだらしてるので
こんなことしててええんか?
と思う一方、
このために退職したんでしょ!
と思う自分もいる。
当然後者が勝利し、
ずーっとだらだら動画を見ている。
まったく、
良い時代に生まれてきたもんだ!
今読んでる
死ぬとき後悔するのは「しなかった」こと
っていう本にも、
現代の先進国に生まれたことは
生まれガチャSSRなんだから満喫しろ!
みたいなことが書いてあった。
これを都合よく解釈して、
だらだら動画視聴を満喫ことにする(笑)
ひねくれ者の見る、「しなかったこと」の後悔
余談だけど、
この本のタイトル
(死ぬとき後悔するのは「しなかった」こと)
に対して
重箱の隅をつつこうと思う。
タイトルで
言いたいことはわかる。
やりたかったけど
できなかったこと、
やろうとおもったけど
してこなかったこと。
そういうことに対する
後悔を表現したんだと思う。
だからこそ「やりたいことはやれ!」と。
でもそれなら
後悔するのは「しなかった」こと
じゃなくて
後悔するのは「選ばなかった」こと
の方が(まだ)適切じゃね?
なぜなら、
後悔の対象になるのは
「選択肢として意識していた
にもかかわらず」
選ばなかった(しなかった)場合だから。
たとえば、
サッカーに興味のない人は
ワールドカップを
現地に見に行こうとしないはず
(というかそもそもそんな発想すら出てこないはず)だけど、
その人は死ぬときに
「見に行かなかったこと」を
後悔するか?って話。
しないよね?
今見たら日本が4-0で勝ったっぽい。めでたい。
「しなかったこと」という言葉だと
「やろうと思ったけど」
「やりたかったけど」っていう要素が
含まれてないから適切ではなくて、
「選ばなかったこと」だと
その言葉自体に
「選択肢にはあがったけど」という意味が
暗に含まれている(はずだ)から
適切だよね、と思う次第。
いや、わかってるよ?
「親ガチャ」と同様、
言葉の正確さよりも
コピーとしての収まりの良さを
優先したってことくらい。
いや、わかってるよ?
嘘サムネ、釣りタイトル然り
本の売り上げには
正確さなんかよりも
コピーとしての威力が
大切だってことくらい。
いや、わかってるよ?
こんなことに
ツッコミを入れるボクは
ひねくれているってことくらい。
以上、
それでは~
DIE WITH ZEROの翻訳者つながりで借りてみたけど、
正直普通過ぎて面白くない本。
「誰が書いたか」は本選びで重要な一方、
「誰が訳したか」はそこまで重要ではないことを実感。




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